
文庫を楽しく便利に活用する方法
兼業作家となったあとも、平日は同じような毎日を過ごす(夜は仲間との飲み会に代わり、取材や編集者の方との打合せが入った)。
執筆にあてるのは休日だ。
朝九時に起きて別表のようなスケジュールをこなした。
このときしか原稿を書く時間はないわけ、だから、余暇は返上して、一心不乱にワープロに向かう日々だった。
そこで、不思議なことを発見した。
それまで、残業のない日には往復二時間の通勤を含めて一日十時間働いていた。
その同じ十時間を働いているはずなのに、夕食後のわずかな余暇タイムもなくなってしまったのだ。
そのカラクリを考えてみた。
理由は明快だ。
眠り過ぎ(平日七時間↓九時間)とあわせ、平日より約二時間遅く起きたためである。
そのため、何となく一日がダラダラと過ぎてしまうことに気づいた。
かくして早朝型作家が生まれた退社して専業作家になったのを機に、思いきって生活時間を改良してみた。
起床はサラリーマン時代と同じ朝早く(実際は、さらに一時間早めた)にし、夕方までは会社生活と同じリズムに設定してみた。
そして、夕食のあとは仕事をやめ、読書やテレビや家族と話したりの余暇にあてた。
結果として、二つのメリットが転がりこんだ。
執筆時間は同じだが余暇時間が回復した。
しかも午前中に書きあげる枚数が飛躍的に増えたのだ。
原稿の書きはじめは、どうしてもペースが遅い。
今までならそんな中で午前中の二時間がアッというまに過ぎてしまった。
朝七時半からスタートする今、午前中の四五時間に書ける一時間あたりの量は、おそのペースは午後にも続き、夕方には晴れて美味い酒が飲める。
原動力は何か言うまでもなく、仕事を終えたあと、思いきり楽しく酒を飲みたいとの願いだ。
目的があれば、苦労もまた楽しくなる一例だろう。
日の計は朝のプラス九十分にあり九十分ワンユニット発想人間の行動は、どうも「九十分単位」で動いているような気がしてならない。
大学の授業も、サッカーの試合時間も、休憩を除いたコンサートも、ほほ九十分が一単位だ。
講演会の時間も、多いのは九十分。
これが二時間となると、内容がおもしろくてもやや中だるみし、聞き手は退店したりもする。
いや、もっとある。
食べ放題のしゃぶしゃぶ店にだって、大抵、こういう看板が出ている。
「制限時間一時間半」。
三時間はかかる最近のプロ野球の試合も、ちょうどその半分の一時間半が過ぎたあたりで五回裏が終わり、グランド整備などのインターバルが入る。
新幹線の「ひかり号で大阪へ向かうとき、走り出して一時間半ほどで見えてくる浜名湖あたりまでは旅情を楽しめるが、二時間かかる名古屋だと、少しお尻が痛くなってくる、などなど。
この九十分ワンユニット発想は、日常生活にかなり溶け込んでいるようだ。
ならば、そうした視点で見直したらどうだろうかサラリーマンの一日の行動も、B社会も九十分単位で動いている九時から五時。
これが平均的な会社での就業時間のようだ。
昼休みを除けば七時間ということ。
だが、現実はそのとおりにはいかない。
「ベルサッサ(終業ベルでサツサと帰る)」や「鐘とともに去りぬ」と悪口を叩かれる一部の。
を除けば、終業後も三十分程度は仕事が続くのが日常だ。
すると働く時間は七時間半になる。
偶然だがこれは、一時間半(九十分)を、ピッタリ五倍にした長さだ。
それを細分化すると、もっと面白いことが分かる。
九時に始まった会社は、たいていは十二時に昼休みとなる。
午前中の勤務は三時間川九十分ユニット×二になる。
同様に午後は、五時半まで働くとすれば、そこに一ニユニットが、ピッタリと入る。
その五つのユニットの中身も、少しずつだが性格を変えているようにも思う。
職種、地位、業務の性格により違うだろうが、たしかに一般的によく見られるスケジュール内容だろう。
ここから二つのことが読み取れる。
@意識のあるなしにかかわらず実行している九十分ユニットは合理的な行動様式のようだ。
A午前中はデスクを中心に「アタマと手」を使う仕事。
午後は外出や訪問など「足とカラダ」を使う仕事が合っているように思える。
プライベートライフにも九十分ユニット発想を人生には仕事と並んで、私生活の充実も大切なテーマだ。
それならば、「九十分ユニット発想は仕事以外の時間にはどう活用されているのだろうかそう考えて次頁のような大雑把な行動図を書いてみると、ここにも九十分ユニットが活きていることが分かる。
大都市での通勤時間がそれに近い(家の近い人でも、会社近くの喫茶店で時間を潰したりする場合はそれにあたる)。
帰宅後の食事風呂休息の合計もそんな時間だ。
それが終わるのが午後九時とすれば、ベッドに入る十二時までには二ユニットが残っている。
退社後、友人と食事をしたり習い事や社外勉強会に出るときも同じだ。
食事+二次会、習い事勉強会十食事歓談のどちらも、だいたい三時間(二ユニット)が標準的だ。
ただ、残念なことは、会社の仕事に五ユニットを費やすのに比べ、プライベートな時間にはわずか二ユニットしか残らない。
それを何とか増やす手だてはないものだろうか。
サラリーマン最後の聖域「朝の活用」の必要性は、そうした視点からも生まれてくるはずだ。
朝にニユニットを創る前図Bの改良パターンは、そのための一例だ。
ここでの目的は二つある。
@早起きによる九十分ユニットの創出。
A通勤時間のユニット昇格。
といっても、制約はある。
会社の始業時間は動かない。
九時に会社に行くためには通勤一時間の人は八時に、一時間半かかるならば七時半には家を出なければならない。
朝七時に起きたとしても、自宅にいられる時間はせいぜい三十分から一時間。
その短い貴重なはずの時間も、ついついベッドから出無精になってしまう。
寒い冬の朝などは、なおさらだ。
実質的には、服を着て顔を洗ってテレビと新聞を横目に朝食を流しこむそれでオシマイだろう。
唯一の解決策は、起床時間を思いきって繰り上げるしかない。
先のパターンの人なら、できれば午前六時に起きてみればどうだろうかしかも、目が覚めたら、眠かろうが寒かろうが飛び起きることが肝要だ。
するとここに、の「空き地(ユット)が整備されるでは一時間半(ないしは二時間)ないか。
荒れ果てた遊休地を少し拡大するだけで大きなビルが建つだけの敷地が確保できるわけだ。
通勤途上も賞金の九十分に変わる。
敷地に建つビルの設計図は第」章にまわすとして、出社前にできるもう一つのユニットについても触れておきたい。
通勤のユニット化である。
伝書鳩サラリーマンの象徴でもある、いつもと同じ風景の道を歩き同じ電車で同じ客と会う退店さ。
その満員電車の苦痛そうした灰色イメージの固定した朝の通勤をパラ色に変える手だてはないものだろうかと発想する。
根拠はただ一つ。
もし一時間半の通勤時間ならば、そこに一ユニットが潜んでいるからだ。
ここが活用できれば、大都市サラリーマン悲哀の象徴であった遠距離通勤は「黄金の九十分」に変身できるはずだ。
一時間程度で会社に着いてしまう人は、どう残念にも(今までの常識では「幸いにも)すればいいのか少し早出をして、寄り道をしたりする時間を創ってみる手もある。
「死んだ一時間」が、これまた見事に「活きた九十分」に再生する。
それらも考えてみるべきだろう。
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